ひだまりCafe

岡谷酸素社員によるブログ。
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花火大会のあれこれ

2019.08.30更新 - カテゴリ[]

こんにちは!武居です。
ここ数日雨が多く気が滅入っていませんか?
今回は暗い気分を吹き飛ばす夜空の大輪、打ち上げ花火についてご紹介します。

*花火のはじまり*
日本の花火のはじまりは、江戸時代初期までさかのぼります。徳川家康がイギリスからの使者によって日本で初めて花火を見たのだとか。
(そこで見たのは吹き出し花火だったといわれています)
その後しばらくは海外の花火師に頼んで花火を打ち上げてもらっていましたが、徐々に日本でも花火を作り、打ち上げるようになりました。

*花火大会のはじまり*
江戸時代の中期。世間には、全国的な大飢餓や江戸で流行したコレラの影響で暗い雰囲気が漂っていました。これを晴らすため、当時の将軍徳川吉宗は死者の慰霊と悪霊退散を祈り両国大川(隅田川)で水神祭を催し、20発前後の花火を披露しました。これが日本で最も古い花火大会であるといわれています。

*「かぎや」と「たまや」*
水神祭の花火大会で打ち上げを担当したのが、当時の花火師の中で最も有名だった「鍵屋」6代目当主の弥兵衛という人です。鍵屋の主人は代々「篠原弥兵衛」という名を名乗り、鍵屋はのちに12代まで続く江戸でいちばん大きな花火屋でした。しかしその後、市兵衛という人が鍵屋から独立し「玉屋」という屋号で花火屋を作りました。それにより2大花火師の時代が始まります。

水神祭の花火大会では両国橋を挟んで上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、それぞれ花火の腕前を競いあいました。それに対し人々は「たーまやー」「かーぎやー」という掛け声をし、よりすごいと思う花火師を称えたのです。現代ではどちらかというと「たまや」の掛け声が有名である通り、当時も玉屋の花火のほうが人気だったのだとか。ちなみに、掛け声は花火が咲いてから散るまでの間「たーーーーまやーーーーー」と、ずっと声を出し続けているものだったようです。当時は20発ほどしか打ち上げなかったからできたことですが、現在の何万発も打ち上げる花火大会で掛け声をしたらとっても大変そうです!

*和火と洋火*
鍵屋と玉屋が活躍していた江戸の頃、花火といえば線香花火のように橙色一色のものでした。この、昔ながらの花火を「和火」といいます。
いっぽう化学技術の発展で登場した、化学薬品を使って様々な色を付けたカラフルな花火を「洋火」といいます。現在の花火大会ではこちらの花火が主流ですね!

 

日本三大花火大会のひとつである秋田県の「大曲の花火」や諏訪湖の全国新作花火競技大会など、今後もまだまだ花火大会は開催されます。
8月の花火大会を見逃してしまった方も、あきらめずに花火を見に行ってみませんか?
花火大会に行く際は、ぜひ1回正統派「たまやー!」の掛け声を試してみてください♪